|
事務所を変えてからというもの訪れる人が少なくなった。
たまに訪れても、狭い事務所には長いは無用とばかり、そそくさと帰る。
私は常に事務所にコーヒーを用意して来客を迎えるが、そうしたこともあまり効果がない。
早々とコーヒーを飲み干し
そそくさと帰る。
なにしに来たのかと問いたいが、折角の来客に粗相が会ってはあらぬと私は心を折る。
でも来客は用事があってきたものと思いできる限り用事を含めて最近の動向を探るようにしているが、どうもそんなことに付き合ってきる暇はないと言わんばかりの態度には驚く。
それは自分の年齢や仕事の少なさに影響があると考えられる。(こんなことをいま知ったばかりである)
一般世間とは、どう変化して、どこへ向かおうとしているのか、実に不可解でもある。(こんなことも不可解に思っているようでは)
ためしに1度私が蒸発でもしたらどう世間は変わるか試してみたい。(あくまでも私の周りだけの話だ)
そんな度胸はないが、試してみるもの一考か、とも思えてくる時がある。
どうも男は仕事の数か質の高い仕事がなければ、人は寄ってこないのが現実のようである。
私は、疑問や質問をしたときは人とできる限り会い自分の疑問を晴らしたい。
でもいまや、パソコンがあり、書物の範囲も広く知らぬことは、誰もがいなくなった。
人の経験や観測の仕方などはどうでも良くなったようだが、私はまだまだ人がもっている能力(予測や経験値)を信じたい。
書物から得られる知識は、必要だが、ほとんどが実測値からかけ離れたもので、実際の出来事にはあまり通用しないことばかりだからだ。
遠い昔のことを思い出していただけでは通用しないことは分かっている。
日々研鑽、とは言われなくとも分かっているが、どうしてもパソコンに頼るのはできない性分である。
がしかしパソコンなしでは仕事にならないことも事実だ。
|